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東京高等裁判所 昭和54年(行ケ)83号 判決

原告 シチズン時計株式会社

右代表者代表取締役 山田栄一

右訴訟代理人弁理士 金山敏彦

被告 特許庁長官 島田春樹

右指定代理人 通商産業事務官折元保典

同 通商産業技官 下田達也

〈ほか一名〉

主文

特許庁が昭和五〇年審判第五二一四号事件について昭和五四年四月一一日にした審決を取消す。

訴訟費用は、被告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

原告は、主文同旨の判決を求め、被告は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は、原告の負担とする。」との判決を求めた。

第二請求の原因

一  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和四四年六月二六日特許庁に対し、名称を「無機ガラス用防水時計ケースの構造」とする考案(以下「本願考案」という。)につき、実用新案登録出願をし、昭和四九年一月二六日出願公告がされたが、株式会社第二精工舎より実用新案登録異議の申立があったので、昭和四九年一〇月一八日実用新案法第一三条の規定により準用される特許法第六四条第一項の規定に基づき手続補正書を提出したが、昭和五〇年三月三日、右補正が却下されると共に拒絶査定を受けた。そこで原告は同年六月一六日審判の請求をし、特許庁昭和五〇年審判第五二一四号事件として審理されたが、昭和五四年四月一一日「本件審判の請求は成り立たない。」との審決があり、右審決の謄本は同年四月二八日原告に送達された。

二  本願考案の要旨(実用新案登録請求の範囲)

1  補正後のもの

無機ガラスの柱状外周下面に斜面を設け、胴上方に内周に向かって柱状段部を設け、該段部内周に合成樹脂製の固体リングを配置し、前記無機ガラスの外周下面に設けた斜面を利用して、前記無機ガラスを胴段部へ圧入することにより、該固体リングを圧縮し、該無機ガラスを保持するとともに、防水機能を確保したことを特徴とする無機ガラス用防水時計ケースの構造。

2  補正前のもの

無機ガラスの外周下面に斜面を設け、胴上方に内周に向かって段部を設け、該段部内周に合成樹脂製の固体リングを配置し、前記無機ガラスの外周下面に設けた斜面を利用して前記無機ガラスを胴段部へ圧入することにより、該固体リングを圧縮し、該無機ガラスを保持するとともに、防水機能を確保したことを特徴とする無機ガラス用防水時計ケースの構造。

(1、2とも別紙図面の第三図参照)

三  審決の理由の要点

1  補正後の本願考案の要旨は前項1のとおりである。

これに対してスイス国特許第三五三六八六号明細書(以下「第一引用例」という。)には、「金属製の裏蓋2の上部に薄い円筒状の縁部6を設け、胴1の下方内周に円錐面部を形成し、胴1の円錐面部の形状に従う外側表面を有する絶縁性プラスチック製の環4を前記円錐面部にはめこむとともに裏蓋2を環4に押込んで、胴と裏蓋との間の結合と防水性を生ずる時計用ケース」が記載されており、また同じく英国特許第一一五三七六四号明細書(以下、「第二引用例」という。)には、「胴とガラスの間において単一の弾性片3が、防水パッキンの役目とガラスの軸方向のロックの役目をする構成」について記載されている。

そこで、補正後の考案と前記第一引用例に記載のものとを比較すると、①補正後の考案は、腕時計の胴に取付ける無機ガラスに関するものであるのに対し、第一引用例のものは、腕時計の胴に取付ける裏蓋に関するものである点、②補正後の考案は、胴内周に柱状段部を設けたのに対し、第一引用例のものはこれを円錐面部とした点でそれぞれ相違するが、その他の点において両者は格別の差異がないものと認められる。

しかしながら、①の点については、第二引用例の記載のものにも見られるように、ガラスの取付けに当って、第一引用例の裏蓋取付けと同様の手段を講じることが公知である以上、第一引用例の裏蓋取付け技術をガラス取付け技術に転用することは、当業者が必要に応じて極めて容易に行なわれるところと認められる。また、②の点については、第一引用例の裏蓋の胴と係合する部分が円筒状である以上、裏蓋と胴の間に働く固定力が、補正後の考案のものより、第一引用例のものが小さいという点は、円錐面の角度、柱状部分の長さを考慮すれば、実際上問題になり得る程度のこととは認められず、この点の相違は設計上の微差にすぎないとするのが相当である。

なお、請求人(本訴原告)は、③無機ガラスを用いた点及び④合成樹脂製の固体リングを配置した点が相違している旨主張するが、③の点について、腕時計のガラス体として使用する材料は、有機ガラス、無機ガラスどちらも従来周知の材料であり、補正後の考案においても無機ガラスを用いるために特別の手段を講じている訳でもなく明細書の記載をみても、無機ガラスを用いた点に技術的意義は見出すことができず、また、④の点については、第二引用例に記載されている圧縮性固体材料のリングと実質的に差異がないものと認められるので、前記主張は採用することができない。

したがって、補正後の考案は、前記両引用例に記載されたものに基づいて当業者が極めて容易に考案をすることができたものであり、実用新案法第三条第二項の規定により出願の際独立して実用新案登録を受けることができないものであるから原審において前記手続補正を却下したことは相当である。

2  前述のとおり手続補正は採用できないから、本願考案の要旨は、前項2のとおりである。

ところで、補正前の考案は、実質的には、前記補正後の考案において「無機ガラスの柱状外周下面……、胴上に内周に向って柱状段部を設け、」における柱状なる具体的構成の限定を省いたものと認められるので先に述べたと同様第一引用例及び第二引用例に基づいて当業者が極めて容易に考案をすることができたものと認められるから、実用新案法第三条第二項の規定により実用新案登録を受けることができない。

四  審決の取消事由

審決は、本願考案と第一引用例、第二引用例に各記載のものとの対比判断を行うに当たり、その前提として、本願考案の実用新案登録請求の範囲中の「合成樹脂製の固体リング」を、軟質弾性体から硬い合成樹脂まで含む広い意味に解したために、本願考案の重要な構成を看過している。すなわち、審決は、補正後の考案について、「合成樹脂製の固体リング」と第二引用例に記載されている「圧縮性個体材料のリング」とは実質的に差異がないとし、また、無機ガラスを用いるために特別の手段を講じた訳ではないとし、更に、裏蓋を取付ける技術をガラス取付技術に転用することは当業者にとって極めて容易に考案することができたものであるとするが、これらの認定判断は、右のとおり本願考案の重要な構成が看過された結果導かれたものであるから、右構成の看過は審決の結論に影響を及ぼすことは明らかであり、審決は取消されるべきである。

以下に、右構成上の看過の点を詳述する。

1  本願考案の実用新案登録請求の範囲にいう「合成樹脂製の固体リング」との文言は、一般的な用語ではなく、したがって「考案の詳細な説明」をも参酌して右用語の解釈を行うべきである。

すなわち、「固体リング」にいう「固体」とは、一般に液体、気体に対する語として用いられているからといって、一般的用語であるとすることはできない。一般に用語は、特定の技術分野(ここでは時計分野)の中で観念されなければならないのであり、時計分野において例えば、「針」、「オシドリ」、「カンヌキ」、「文字板」というとき、これらは時計用の部品として特定のある概念を持っている。また、言葉が「の」等の助詞を伴なわずに結合されると、一般に一つの概念を持つ新たな用語として観念される。例えば時計分野における「オシドリバネ」、「早修正レバー」、「アンクル受ネジ」等である。これらの語は時計分野におけるバネ、レバー、ネジの平面(領域)を前提として観念されるとともに一つの独立の用語として把握されている。「防水リング」、「ガラスパッキン」、「Oリング」等本願考案の出願当時、業界で用いられていた用語は、防水、ガラス、O、等がリング、パッキンを形容するものであるとしても、時計分野におけるリング、パッキンの領域を前提としながら、それぞれが独立した用語として用いられ理解されているのである。

これと同様に、本願考案における「固体リング」も、全体として一つの独立語として把握され、本願考案の出願当時このような用語がなかったことからすれば、異常な言葉であったはずである。

更に、この「固体リング」は、時計分野における防水、防塵用のリングという領域を前提として解されるのであるが、防水、防塵用のリングのなかには、液体や気体のリングは存在しておらず元来リングは固体なのであるから、殊更に固体という文言をつけたのは一層特殊な使い方であり、当業界の通常の知識を有するものが、これをみるとき、当業界の一般的用語として把握できないのみならず、直ちにその内容を理解できないものである。

してみれば、「固体リング」なる語は、それ自体では、不明確で理解困難な新しい用語である。

このように、実用新案登録請求の範囲に記載の語が、それだけでは不明確な場合には、これを解釈するに当たり、考案の詳細な説明において明確にされている限りその記載を参酌して解釈を行うべきである。

2  本願考案についてこれを考えるに、本願考案の明細書中考案の詳細な説明には、「本考案はかかる欠点を排除したもので、無機ガラスと胴内周との間に固体リング等即ち、パッキンOリング等の軟質弾性体ではなく、例えばデルリン、テフロン、ナイロン、ポリエチレン等の合成樹脂製リングを設けて無機ガラスと固体リングと胴との間で同時に防水性を保持するものである。」とある。この記載における「即ち」は、パッキンOリング等の軟質弾性体のみを指すのではなく、「パッキンOリング等の軟質弾性体ではなく、例えばデルリン、テフロン、ナイロン、ポリエチレン等の合成樹脂製リング」までを指していることは、その記載の文言上及び固体リングなる言葉がこの部分からはじめて現われており、考案の詳細な説明の欄のそれまでの説明が「軟質弾性体(パッキン)」を用いた従来技術の欠陥についてのものであることから明らかである。即ち「固体リング」なる語は、「パッキンOリング等の軟質弾性体ではなく、例えばデルリン、テフロン、ポリエチレン等の合成樹脂製リング」として考案の詳細な説明中に定義されていることになる。

なお、この記載中「固体リング等即ち、」の「等」は、固体リングとほぼ同等な未確定リングを含んでいることとなるが、「固体リング」が「即ち」以下に限定された要件を少なくとも備えたものであることは争えない事実であり、被告主張のように軟質弾性体から硬質のものまでも含む意に解することは到底できない。「等」があるとしても「即ち」以下は、「固体リング」を中心とした説明であると考えるべきであり、この意味で「即ち」以下は「固体リング」の定義を与えているのである。

また、考案の技術的課題が、無機ガラスを用いた防水時計において軟質弾性体を用いたものの欠点すなわち、ガラスを押えるベゼルが必要であること、接着式の欠点を排除すること、(本願考案の実用新案出願公告公報第一頁第一欄第一九行ないし第三〇行)、この課題解決の手段が「無機ガラス下端部1aと固体リング3に設けた内周上端3aにより無機ガラス1の周辺で固体リング3の内周に押し込みながら嵌着させ、無機ガラス1と固体リング3及び該固体リング3と胴2との防水性を同時に保証するものである。」(同公報第二欄第一一行ないし一六行、図面第三図)こと、本願の実用新案登録請求の範囲にも「該無機ガラスを保持するとともに、防水機能を確保したことを特徴とする」と明記されていること、これらからすれば、軟質弾性体、又はセラミック、メラミン樹脂のような硬質のものでは、上記解決手段によって上記課題の解決及び実用新案登録請求の範囲記載の無機ガラスの保持及び防水機能をも以下に述べる理由により図り得ないのであるから、軟質弾性体や硬い合成樹脂を含まないことは明らかである。

3  以上に述べたところからも明らかなとおり、本願考案における「合成樹脂製の固体リング」は「従来のパッキン、Oリング等の軟質弾性体でなく、デルリン、テフロン、ナイロン、ポリエチレンと同等程度の性質を有する合成樹脂製のリング」と解するのが相当である。

第三被告の答弁

一  請求の原因一ないし三の事実は認める。

二  同四の主張中、審決が本願考案と第一引用例及び第二引用例のものとを対比して判断するに当り、本願考案における「合成樹脂製の固体リング」を原告が主張するように限定的に解釈せず、これを後記のとおり、「ゴムや軟質ビニールのような軟質弾性体からメラミン樹脂のような硬質の熱硬化性樹脂を含む一定の形状と体積を有する合成樹脂製のリング」の意に解したうえ、この解釈を前提として、右の対比判断を行ったことは、原告の主張するとおりである。しかしこの解釈は、以下に述べるとおり正当であり、したがって、審決には原告の主張するような、本願考案の構成について看過の廉はなく、審決の判断に誤りはない。

1  本願考案の実用新案登録請求の範囲にいう「合成樹脂製の固体リング」の文言中「合成樹脂」というのは、一般的用語であって、広くゴムや軟質ビニールのような軟質弾性体から、メラミン樹脂のような硬質の熱硬化性樹脂まで含むものである。

原告は、「固体リング」という文言は、本願考案の出願時当業界において使用されてはおらず、また一般的名称でもない旨主張するが、当時当業界において一般に使用されていた名称は、防水リング、パッキンリング、ガラスパッキン等であり、このことからみて、「固体リング」の「固体」という文言は、右の「防水」とか「ガラス」と同じように「リング」を形容する語とみるのが妥当であるところ、「固体」とは一般に物質が示す状態で一定の形状と体積を有するものであって、例えば、固体燃料とは固体で燃料に用いるもの(薪、木炭、石炭の類)を意味する。このことからみて「固体リング」は特殊用語ではなく、一般的用語である。

そうすると、「合成樹脂製の」という文言も、「固体リング」という文言も、一般的用語であるから、本願考案の実用新案登録請求の範囲にいう「合成樹脂製の固体リング」という文言もまた一般的用語として通常の用語例に従がい、これを「ゴムや軟質ビニールのような軟質弾性体からメラミン樹脂のような硬質の熱硬化性樹脂を含む一定の形状と体積を有する合成樹脂製のリング」であると解するのが妥当であり、これを原告が主張するような意味に解することはできない。

2  したがって、審決が右のような解釈のもとに、本願考案と第一引用例、第二引用例とを対比判断した点に誤りはない。

第四証拠関係《省略》

理由

一  請求の原因一ないし三の事実は、当事者間に争いがない。

二  そこで、原告主張の審決の取消事由の有無について検討する。

1  審決が、本願考案と第一引用例及び第二引用例に記載のものとを対比判断するに当り、本願考案の要旨(補正前のもの及び補正後のものを含む)中の「合成樹脂製の固体リング」(なお、《証拠省略》によると、本願考案の実用新案出願公告公報及び昭和四九年一〇月一八日付手続補正書の実用新案登録請求の範囲の記載には、「合成樹脂性の固体リング」とあるが、正しくは、「合成樹脂製の固体リング」とされるべきものであることについては当事者間に争いがない。)を、原告が主張するように限定的に解釈することなく、「ゴムや軟質ビニールのような軟質弾性体からメラミン樹脂のような硬質の熱硬化性樹脂を含む一定の形状と体積を有する合成樹脂製のリング」の意味に解したうえ、右の対比判断を行ったことは、被告の自陳するところである。

2  そこで、右の「合成樹脂製の固体リング」が右のように解されるべきか否かについて検討する。

(一)  まず、明細書に用いられる用語は、本来その語が有する普通の意味で使用すべきものであり、これと異なる特別の意味に使用しようとする場合には、特にその旨を明らかにした上でしなければならないことは当然である(実用新案法施行規則様式第3の備考8項参照)。

(二)  ところで、本願考案の「合成樹脂製の固体リング」における「合成樹脂」及び「固体」の語は、いずれもそれ自体は極めて普通に用いられる一般的用語であり、「合成樹脂」といえば、被告の主張するように広くゴムや軟質ビニールのような軟質弾性体のものからメラミン樹脂のような硬質の熱硬化性樹脂まで包含する意味に用いられるのが通常であると考えられ、また、「固体」といえば、一般に物質の集合状態の一つで、定まった形態すなわち、一定の形状と体積を有するものをいい、気体や液体(又はこれらを包含する流体)と対応する意味で用いられるのが通常である。そして、「固体リング」という場合には通常「固体」の語は、「リング」を形容するものと解される。

そうすると、「合成樹脂製の固体リング」といえば、それ自体は、被告が主張するとおり、「ゴムや軟質ビニールのような軟質弾性体からメラミン樹脂のような硬質の熱硬化性樹脂を含む合成樹脂製の一定の形状と体積を有するリング」の意味に解するのが自然である。

(三)  しかしながら、技術用語としての観点からすると、「固体リング」と「固体のリング」とは必ずしも同一の意味に解されるとはいえず、前者の場合には単一の独立用語としての色彩を帯びているともいえないではなく、また、本願考案の出願当時に「固体リング」なる語が慣用的に用いられていたものとは考えられないこと、更に、右のように「固体」の語が「リング」の語と結合して用いられている場合には、例えば、燃料について、気体燃料及び液体燃料に対応して固体燃料があり、したがってその意味が直ちに会得できるのに反し、「リング」には、通常気体や液体のものが考えられないのであるから、右の燃料のような場合とは趣きを異にしているものともいえないではなく、したがって、「固体リング」という用語には、特有の意味を付与しようとする出願者の意図が読みとれないではない。

(四)  そこで、本願考案における「合成樹脂製の固体リング」の意味が明細書中に明らかにされているか否かについて検討すると、《証拠省略》によると次の事実が認められる。

『本願考案の明細書中考案の詳細な説明の項には、まず本願考案が、無機ガラスを用いた防水時計ケースの構造に関するものであることを明示したうえ、図面(別紙図面に同じ)第一、第二図に基づいて従来例について記述され、それによると、従来の無機ガラスを用いた防水時計ケースの構造として、(1) 胴の片部に軟質弾性体(パッキン)を介在させて防水性を保持するパッキン圧縮式と、(2) 胴の片部にガラスを接着剤で接着する接着式があるが、(1)のものは、使用部品の点数が多く、コスト高になり又は小型化できないなどのほか、パッキンにへたりを生じ、また、ガラスを押えるベゼルが必要であるなどの不利な点があり、(2)については、ガラスの交換や接着作業に困難があるなどの難点がある旨記載され、これに続いて、次のとおりの記載がある。

「本考案はかかる欠点を排除したもので、無機ガラスと胴内周との間に固体リング等即ち、パッキンOリング等の軟質弾性体でなく、例えば、デルリン等テフロン、ナイロン、ポリエチレンの合成樹脂製リングを設けて無機ガラスと固体リング及び固体リングと胴との間で同時に防水性を保持するものである。」(以下この小鍵括弧内記載を「括弧内記載」という。)

そして更に右記載に続いて、本願考案の実施例について説明されているが、ここでは、「固体リング3」という表現が一貫して用いられており、次いで本願考案の作用効果として、従来のパッキン圧縮式及び接着式の前記のような弱点が解消できた旨が記載されている。』

(五)  右認定事実からすると、本願考案における「合成樹脂製の固体リング」の意味を直接明らかにしたものとして括弧内記載があるが、この記載も右の「合成樹脂製の固体リング」の概念を一義的に規定しその範囲(外延)を明確に限定した定義的記載とは必ずしもいい難い。

しかし、右括弧内記載をはじめ、前(四)に認定の各記載を併せ考えると、右の「合成樹脂製の固体リング」とは、少くとも従来技術としてパッキンに用いられていた軟質弾性体を包含しないものであることは明らかであり、しかも、それは、主としてデルリン、テフロン、ナイロン及びポリエチレンか又はこれと同程度の弾性力を有する合成樹脂製のリングに限定されるものと解される。(もっとも、そのように解することができるとしても、括弧内記載中の「固体リング等」とか「例えば……」という表現は、前記のとおり定義的記載としては不適切であって意味内容を曖昧にするものであることは否めないから、補正によって釈明されるべきであろう。)

3  そうすると、審決が、以上に述べた明細書中の記載について、特段の考慮をはらうことなく、本願考案の要旨中、「合成樹脂製の固体リング」の意味を、単に一般的用語例にしたがって「ゴムや軟質ビニールのような軟質弾性体からメラミン樹脂のような硬質の熱硬化性樹脂を含む一定の形状と体積を有する合成樹脂製のリング」と誤解したうえ、本願考案と第一引用例及び第二引用例記載のものと対比判断に及んだことは早計であったといわなければならない。

4  ところで、本願考案の明細書には、前2の(四)に認定のような作用効果に関する記載があり、この記載によれば、本願考案の作用効果(従来のパッキン圧縮式及び接着式のものにおける種々の弱点が解消されたとの点)は、本願考案における「合成樹脂製の固体リング」の意義を前記のように限定的に解することによってはじめて奏せらるものであって、これを被告が主張するような広範囲のものとした場合にも、当然に右の作用効果があるものとは決し難いところである。そうすると、審決が、本願考案における合成樹脂製固体リングを、右のとおり広範囲のものと誤解したうえ、本願考案が、第一引用例及び第二引用例に記載したところに基づいて極めて容易に考案をすることができたとしてその進歩性を否定した審決の結論は維持するに足りないものというべく、審決は違法として取消を免れない。

三  よって、本件審決の違法を理由にその取消を求める原告の本訴請求を正当として認容することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条及び民事訴訟法第八九条の規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長判事 石澤健 判事 藤井俊彦 清野寛甫)

〈以下省略〉

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